「お邪魔します。」
シとソが訪ねてきたのは、日の沈む頃だった。
「いらっしゃい。最近よくお越しになりますね。」
「いつもお邪魔しちゃってすいません。」
シは右手で頭を掻きながら答えた。
「いえいえ、いいんですよ。お仕事ご苦労様です。」
椅子に腰掛けた2人は、私が差し出したコーヒーをブラックのまま一気に飲み干した。
「今日もすぐ行かないといけないんですか。」
「我々を待っている人がいるので。」
私がカップを下げながら投げかけた問いに、ソは使命感に駆られた表情で答えた。
こうした実直な所が、私が2人を気に入っている理由の一つだ。
「たまにはゆっくりできる時に来てくださいね。」
「まあ、なかなかそうもいかなくて。」
チラチラと時計を気にしながら、2人は苦笑した。
2人が滞在できるのは、せいぜい15秒程度なのだ。
「そうそう、熱海旅行のお土産があるんです。」
私が物置に取りに行こうとすると、
「お構いなく!もう行きますので!」
2人は荷物をまとめながら言い、そのままドアの方へ向かった。
「お邪魔しました!」
私が手を振る間もなく、2人は帰っていってしまった。
シとソが開けたドアが閉まるやいなや、再びドアが開いた。
ドアの向こうにいたのは、シ♭とソ♭だった。
「いつも慌ただしくてすいませんね。」
いつもの通り、シ♭が私に謝るところから会話は始まった。
「大丈夫ですよ。私も1人暮らしですから、賑やかで楽しいんです。」
これは紛れもない本心だったが、2人は気を遣ってくれたと捉えたようだった。
「そう言ってくださるとありがたいんですが、ご迷惑をおかけしていないか心配で。特にラとファには毎回言い聞かせてるんですけどね。」
コーヒーが飲めないソ♭は、私が代わりに出した紅茶を飲みながら言った。
「ラとファね。元気もらえるから楽しいですよ。小さいうちはちょっとくらいヤンチャじゃなきゃ。」
これには若干の気遣いも入っていたが、帰りの支度を始めていた2人は気づかないようだった。
「今日も来ると思いますけど、ご迷惑おかけしたら叱ってやってくださいね。」
2人は念押ししながら帰っていった。
私は2人を見送りながら、プラスチック製のコップを準備した。
2杯目のオレンジジュースを注ぎ終えた瞬間、
「ジュース!!ください!!」
と叫びながら、ラとファが部屋に飛び込んできた。
「はいはい、そこにありますよ!」
ジュースをこぼしながら飲み干した2人は、部屋中の引き出しという引き出しを開けて回り、中の物を床に散らかしていく。
そしてそのままの勢いでドアを蹴破り、太陽が沈む方へと消えて行った。
空き巣が入ったとも嵐が通ったともつかない状態になった部屋では、コーヒーとオレンジの香りが混じりあっていた。
「さて、片付けますか。」
そう呟きながら、救急車が見えなくなった後も、太陽が沈むのを眺めていた。
町には、夜が訪れかけていた。