閑古鳥の唐揚げ

全然客が来ない定食屋で鳴いていた閑古鳥を唐揚げにしたら美味しくて繁盛したが閑古鳥がいなくなり唐揚げが作れなくなったという古典落語があります。嘘です。このブログも繁盛させたいです。

第60唐 信号を待ちながら

信号待ち。

 

 

信号はまだ変わらない。

 

 

大学生ほどの男女の会話に耳を傾ける。

端午の節句がビンゴの節句だったら、5月4日はリーチの節句かな。」

「そうかもね。」

「そしたら5月1日はFREEの節句かな。」

「そうなのかもね。」

「そもそもゴールデンウィークなのに、みどりの日があるのがおかしいよな。ゴールデンじゃないし。」

「そうだね。」

女はずっと、スマホの縁をなぞっていた。

 

 

信号はまだ変わらない。

 

 

サラリーマン達の会話に耳をそばだてる。

マツケンサンバってあるじゃないですか。」

「おう。」

「アレって松平健が歌ってますよね。」

「やな。」

高倉健が歌ってたら、タカケンサンバだったんですかね。」

「そうやろな。」

「『あぁ恋せよアミーゴ 踊ろうセニョリータ』の指差しする振り付け、タカケンサンバだったらまんま鉄道員だったと思うんですよね。」

「お前鉄道員見たことあんの?」

「ないです。」

上司は、鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 

 

信号はまだ変わらない。

 

 

作業着姿の男達の会話に耳を澄ます。

「千円札が不足しています。って書いてる店たまにありますよね。」

「あるな。」

「この前、二千円札が不足しています。って書いてる店があって。」

「ないな。」

「不足してるんだったら、と思って、二千円札で払ったんですよ。」

「持ってたんやな。」

「でもそれが偽札だったらしくて。」

「ほう。」

凱旋門が描かれてて。」

「パリじゃん。」

彼らはおそらく、パリっ子ではなかった。

 

 

信号はまだ変わらない。

 

 

 

信号待ち。

 

 

貴婦人達の声が聞こえる。

「滝に行ったの。滝に。滝に滝に。滝に。」

「あら、滝に。」

「そう、滝に滝に。」

 

その時、信号が変わった。

 

歩き出す人々。

雑踏の中で、声は微かに。

断片的に聞き取れた音。

 

私は、滝沢歌舞伎を見に行くことを「滝に行く」と表現したあのマダムのことを、ふと思い出すだろう。

そうしてクスッと笑う時間はきっと、信号待ちほど無駄ではない。