信号待ち。
信号はまだ変わらない。
大学生ほどの男女の会話に耳を傾ける。
「端午の節句がビンゴの節句だったら、5月4日はリーチの節句かな。」
「そうかもね。」
「そしたら5月1日はFREEの節句かな。」
「そうなのかもね。」
「そもそもゴールデンウィークなのに、みどりの日があるのがおかしいよな。ゴールデンじゃないし。」
「そうだね。」
女はずっと、スマホの縁をなぞっていた。
信号はまだ変わらない。
サラリーマン達の会話に耳をそばだてる。
「マツケンサンバってあるじゃないですか。」
「おう。」
「アレって松平健が歌ってますよね。」
「やな。」
「高倉健が歌ってたら、タカケンサンバだったんですかね。」
「そうやろな。」
「『あぁ恋せよアミーゴ 踊ろうセニョリータ』の指差しする振り付け、タカケンサンバだったらまんま鉄道員だったと思うんですよね。」
「お前鉄道員見たことあんの?」
「ないです。」
上司は、鳩に豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
信号はまだ変わらない。
作業着姿の男達の会話に耳を澄ます。
「千円札が不足しています。って書いてる店たまにありますよね。」
「あるな。」
「この前、二千円札が不足しています。って書いてる店があって。」
「ないな。」
「不足してるんだったら、と思って、二千円札で払ったんですよ。」
「持ってたんやな。」
「でもそれが偽札だったらしくて。」
「ほう。」
「凱旋門が描かれてて。」
「パリじゃん。」
彼らはおそらく、パリっ子ではなかった。
信号はまだ変わらない。
信号待ち。
貴婦人達の声が聞こえる。
「滝に行ったの。滝に。滝に滝に。滝に。」
「あら、滝に。」
「そう、滝に滝に。」
その時、信号が変わった。
歩き出す人々。
雑踏の中で、声は微かに。
断片的に聞き取れた音。
私は、滝沢歌舞伎を見に行くことを「滝に行く」と表現したあのマダムのことを、ふと思い出すだろう。
そうしてクスッと笑う時間はきっと、信号待ちほど無駄ではない。