閑古鳥の唐揚げ

全然客が来ない定食屋で鳴いていた閑古鳥を唐揚げにしたら美味しくて繁盛したが閑古鳥がいなくなり唐揚げが作れなくなったという古典落語があります。嘘です。このブログも繁盛させたいです。

第14唐 東京

日曜の朝はやけにうるさかった。

けたたましい車の排気音、ネズミの鳴き声、休符の多い音楽、そしてホイッスルの音が、町中に響いていた。

食材が底をついていたのでコンビニへ行こうと外へ出ると、目の前を棒の両端に車輪が付いた奇妙な物体が通り抜けて行った。

そして、私が呆気に取られている間に右の車輪だけを大きくしながら曲がり角を器用に左折した。私はその車輪の後を追って角を曲がったが、その時にはもう姿を消してしまっていた。

目の前で起きた出来事に首を捻りながらも、私は国道へ向かった。街の大動脈であるその大通りでは、さらに奇妙な変化が待っていた。

まず、ガードレールは骨で出来たハードルのようなものに変わっていた。そこへ2人組の原始人がやって来て、次々と骨を飛び越えていく。

さらに、ゴリラを荷台に乗せたトラックが目の前を走り去っていった。そのゴリラはバナナの皮を道に投げ捨てていき、後続の蕎麦配達のバイクがその皮でスリップしていた。「これは事故をするぞ」と思った矢先、路肩に停めてあったワゴン車に激突し、配達員が右手に重ねていたせいろがばらまかれた。しかし配達員はケロッとした様子ですぐさま蕎麦を拾い、再度アクセルを吹かせて走り去っていった。

国道沿いを進んでいき、コンビニへの近道である公園を横切ろうとすると、昨日まで象のモチーフだったはずのすべり台が、恐竜のものになっていることに気がついた。

しかし、どうも違和感がある。よく見てみると、恐竜の口から出てきている部分はただのすべり台ではなく、傾斜の上にランプが連なっている。そしてその先には透明な台がランプの列を跨ぐように設置されているのだ。さらに奇妙なことに、その恐竜の傍らには用途不明のポンプと、縦に置かれた3mほどの透明なパイプが設置されていた。

私は、なんの気なしにそのポンプを押してみた。すると、透明なパイプの中で地面に接していた小さな円柱が少し浮いた。どうやら、ポンプを押すとパイプの下から空気が注入され、円柱が浮いていく仕組みになっているらしい。私がポンプを押し続けるにつれて、円柱は上へ上へと上がっていく。パイプの半分を越えたあたりで、パイプの横にある電光掲示板の画面が「超低速」から「低速」に切り替わったことに気がついた。さらにポンプを押し続けて円柱がパイプの頂上に到達した時、電光掲示板の画面は「高速」を示していた。

すると、ピッピッピッという電子音がしたのも束の間、恐竜の口から火の玉が飛び出した。いや、正確には連なったランプが順番に光っていたのだが、少なくとも私には熱を帯びて見えた。そして透明な台の近くに光が到達した時、いつの間にかその台に立っていた男が光に向かって台から飛び降りた。

そのタイミングは光のそれとピッタリ合い、男は光の動きを止めることに成功した。

 

着地を決めた男は、こちらを向いてこう言った。

 

 

関口宏です。」

 

 

私は、その名前を知っていた。

 

 

「支配人の関口宏です。東京フレンドパークにようこそ。」

 

 

町は、東京フレンドパークになっていた。

 

 

「なんでこんなことに...」

「かなり戸惑われているようですね。でも、せっかくご来園いただいたんですから。楽しまなくちゃ。」

関口宏は、傍らの土管から出てきたネズミを殴りながら言った。

 

「あなたがこの町をこんな風にしたんですか?」

「その通りです。あなたは東京フレンドパークの事を、ドラマの番宣の為にたまにやる特番だと思っているでしょう。」

「そうですね」

「昔はレギュラーでやっていたんですよ。月曜夜7時からね。」

「あ、そういえばやってたかもしれないですね」

私がそう言うと、関口宏は少し破顔した。

「そうですかそうですか、ご存知でしたか。」

「番組の最後にダーツ投げて、パッソが当たるやつですよね」

「......パッソね。お若いですからね。そうですよね。」

どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。

 

「パッソじゃなかったでしたっけ?」

「いえ、パッソだった時もあるんですけどね。最初はパジェロだったんですよ。それが2010年に予算縮小でパッソに変わってしまって... 今思えば、あの時にはもう終わっていたんだと思います。」

「なんかすいません」

「いえ、悪いのは私なんです。魅力的な番組を作れなかった。皆さんにもっと愛される番組を作ることができていれば、今も東京フレンドパークは特番なんかにならずに毎週続いていたはずなんです。」

「はぁ」

「私は東京フレンドパークの番組が終わってしまったのが本当に悲しかった。どうやったらもっと長く皆に愛される番組になったのだろうかといつも考えていたんです。」

関口宏は、いつの間にか空を見上げていた。

「考えて考えて、私はたどり着いたんですよ。そうか、東京フレンドパークが日常になればいいんだと。特番になったということは、逆に言えば毎週どこかで東京フレンドパークを開園できるということなんです。毎週どこかの町でアトラクションを開催すれば、少なくともその町の皆さんには東京フレンドパークの事を思い出してもらえる。だから、色々な町を行脚して、その町を東京フレンドパークにすることにしたんです。」

「サーカス団みたいなことしてるんですね」

東京フレンドパークを、どうか忘れないで欲しい。特にあなたのような若い人には、今後も東京フレンドパークを語り継いでいって欲しいんです。」

関口宏は、まっすぐな目で私を捉えていた。

公園の時計は、8時20分を示していた。

「もうすぐ8時半ですか。それでは私はこれで。時には、東京フレンドパークの事を思い出してくださいね。」

そう言って彼は忽然と姿を消した。

 

いつの間にか街の喧騒は収まっていた。

静寂の中、私はコンビニで朝食を調達し、バナナの皮が散乱している道を通って家に戻った。

時計の針の音が響く部屋で、私はもはや忘却の彼方へ飛んでいた空腹を左手のパンで満たしながら、無意識に右手でダーツを投げるフリをしていた。

 

 

長針が真下を指した時、どこかから「喝!」と聞こえた気がした。