この前のこと。
この前とは言っても、まだ残暑の厳しい9月の出来事だ。
僕は、高校からの一番の親友と海に出かけた。
その海は、東京では珍しく砂浜のある場所だった。
まもなく故郷に帰る彼に、この景色を見せておきたかったのである。
彼は、砂浜に到着するや否や泣き出した。
「こんなはずじゃなかった。俺は普通に大学に行って、普通に会社に入って、普通の人生を送れれば良かったのに。なんでこんなことになってしまったんだろう。」
彼が半年も持たず会社を辞めたのは、上司のパワハラが原因だった。
かける言葉が見当たらず、僕は砂をただ踏みしめる。
あるはずもない言葉の代わりに右足の先で見つけたのは、一匹のやどかりだった。
そのやどかりには、手足がなかった。
厳しい海の世界で傷を負ったのだろう。
僕が両手ですくい上げた時、彼はやどかりをまじまじと見つめていた。
それに気づいた僕は、波打ち際に屈みこみ、やどかりを丁寧に海に帰した。
「ほら、やどかりさんも海に帰ったぞ。」
しかし、やどかりは動き出さない。
打ち寄せる波に抵抗一つしない。
よく見ると、それはチョココロネだった。
「、、、すまない。」
思ってもみない状況に、とりあえず謝罪の言葉を紡いだ僕。
波打ち際をたゆたうチョココロネ。
その光景に、彼は堪らず吹き出した。
張り詰めた空気は、一気に弛緩した。
「そうか、、、」
彼は、なぜか合点がいったようだった。
「俺が東京でいくら頑張ってもダメなんだ。自分に合った場所というのがあるんだな。よく分かったよ。田舎で頑張ってみる。」
帰り際、海をふと振り返る。
チョココロネは、波に乗せられてまた砂浜へ戻って来ていた。
僕は、被っていた赤い帽子のつばを少し右に向け、彼の背中をポンと叩いた。