給料日だったので、自分に少し高価なご褒美を買うことにした。
日本橋駅近くの店舗に入ると、常連と思しき人でごった返し、店員の声が飛び交っていた。
「顔剃り出来るのが理容室、出来ないのが美容室」
「普段着でできるのが軽い運動、スポーツウェアを着ないと汗の吸収とか気になるのが激しい運動」
しかし、予想していた会話と違ったので、近くにいる男性店員に尋ねてみた。
「すいません」
「はい」
「ここってフルーツパーラーじゃないんですか?」
「いえ、線引きをする店です」
「線を引く?」
「様々な基準や違いや境目をお揃えしております」
どうやら、お店を間違えたようだ。
「大人気ですね」
「おかげさまで。私が店長を任されてから5年ほど経つんですが、昨年の春あたりから少しずつ多くのお客様にご来店いただけるようになりましたね」
よく見ると、その男性の名札には「店長 板倉輝彦」の表記があった。
私は再度、何も陳列されていないショーケースを隔てて行われる客と店員の会話に耳を傾けた。
注文を受けた店員は、一度店の奥へ入っていく。その後、注文に合った回答を提供し、客が気に入れば購入する形だ。
見ている限り、ほとんどの客が購入まで至っていた。
例えば、
「夏と真夏の境目は?」
と注文を受けた店員は、ほどなくして
「家でステテコを履くのが夏、何も履かないのが真夏」
という回答、もとい商品を持って戻ってきた。
注文した初老の男性は、
「ありがとう、妻へのいいプレゼントになるよ。」
と言ってプレゼント用の箱に梱包してもらい、決して安くはない額を支払っていた。
「店の奥には何があるんですか?」
「そこは企業秘密なので、お客様には線を引いていただければ」
ニヤリと笑った店長の表情を見て、私はマニュアルの1番上に書いてあるであろう質問をしてしまった事を少し後悔した。
そんな中、大きなハットのマダムからの注文に困惑している女性店員がいた。
「博識の基準は?」
そう注文を受けた店員の胸元には、大きな「研修中」のバッジが輝いていた。
「お客様申し訳ございません。少し対応に行かせていただきますね」
店長は私に断りを入れつつ、研修中の店員の元へ向かった。
「お客様、僭越ながら。デカメロンが巨大なメロンの事ではないことを知っているのが博識、でいかがでしょうか」
満足げに財布を取り出すマダムを見て、私も何か線を引いてほしいという気になった。これが今月のご褒美だ。
店を出るマダムの背中に向かって研修中の店員と共に頭を下げる店長の元に歩み寄り、かねてからの疑問をぶつけてみた。
「あの、、、恋と愛の境目って、何ですか?」
「そうですね、、、僭越ながら。」
少し考え込む店長の言葉を、期待して待った。
「私が祐美を想っているのが恋、祐美が私を想っているのが愛です。」
「輝彦さんったら、、、」
その店員のバッジの下の名札には、「板倉祐美」と書かれていた。
帰宅した私は、クチコミサイトに
『仕事とプライベートの線が引けていない。星1』
と書き込んだ。